熊本県では今年、県経済の活性化と
県民の郷土愛を醸成すべく、
「くまもと県産酒で乾杯条例」が制定されました。
県民みんなで、地元のお酒を愛そう!という、
なんとも心温まる条例だわ。
そして……そんな熊本のお酒と言えば、
真っ先に挙がってくるのが、球磨焼酎でしょう。
人吉・球磨地方に存在する28もの代表蔵元の中でも
独特の個性と感性を頼りに、
昔ながらの製法を守るのが那須酒造場さん。
焼酎造りのトップシーズンとなる2月中旬、
お忙しい最中に、酒造り職人(=蔵人)の想いや
ライフスタイルについて、
4代目蔵元・那須雄介さんに伺ってきました。
五感と自然に頼る酒づくり
非効率。でも、手づくりにこだわる
那須酒造場の特徴は?
「ほぼすべての工程を手作業で、非常に手間暇を掛けている行なっている点だと思います。機械を使った方が、効率も良いですし、大量生産が可能です。ただ……本当に良いお酒をつくるために、私たちが先代から受け継いでいるベストな方法が手づくりであるということ。五感に頼った焼酎づくりを主としている特徴は、地域の他の酒蔵から見ても、稀有な存在かもしれません。」
五感に頼る……とは?
「たとえば原料の米を洗うときや、蒸すとき……その日の気温や湿度などで、米の触感や香り、見た目も微妙に、必ず違います。うちではできるだけ温度計には頼らず、都度、米の状態を直接肌で目で鼻で口で、と確認しながら、その日の米のコンディションに応じて工程を進めていきます。例えるなら、米1粒1粒と対話をしているイメージ……でしょうか。非効率な手作業ではありますが、その代わり、予期しない機械トラブルはありません。自分の五感を信じて、より良い出来を追求して……と、自力で繊細に、マニアックに焼酎づくりをしています(笑)」
変わらない名品と新しい逸品
代表銘柄は『球磨の泉』と『鴨の舞』。
「『球磨の泉』は、100年前から私たち那須酒造場の看板商品として、焼酎文化の九州、そして熊本の中で、“普段飲み用”として常備していただける、飽きの来ないバランスの良さがウリだと思っています。」
「一方の『鴨の舞』は、比較的新しい焼酎で、さまざまなチャレンジを施した、より一層、うちらしく?手間のかかる、個性の強い焼酎です。分かりやすい特徴が、樽貯蔵をしているからこその深いコクと、高級感を漂わせる、うっすらと琥珀色をしているところでしょう。その希少性と見た目の華やかさから、ハレの日の一杯や、贈答品としてご認識いただけると嬉しいですね。」
安心・安全な米をつくる合鴨農法
原料の米づくりにも手間暇。
「『鴨の舞』は、合鴨農法でつくった米を使用しています。銘柄はヒノヒカリが多いですね。この農法もまた……手間が掛かりますし、コスパも良くない(笑)。でも、安心・安全な米をつくるには、本当にアナログではありますが、合鴨農法は素晴らしい農法のひとつだと思っています。」
合鴨農法の仕組みは?
「田んぼに合鴨を放すことで、合鴨が雑草も害虫も食べてくれますし、動き回ることで田んぼに酸素を補給したり、稲を丈夫にしたりしますので、無農薬で逞しい米が栽培できる農法です。『鴨の舞』という名称も、合鴨農法を駆使した結晶であることも示しています。」
手間暇をかけている割には生産量は少なくて……大変でしょう?
「大変という意識はありません。仕事ですから、大変で当たり前(笑)。私たちとしては結局、今のやり方が好きだから、続けているのです。昔ながらの技術を守りながらつくっている焼酎が、毎年、熊本県国税局酒類鑑評会では11年連続で優等賞をいただいていますので、自分たちの信念の確信にも繋がっています。面倒で、大量生産はできない、今の方法が……結果、良い焼酎をつくることができていて、支持をいただく方がいらっしゃいます。」
「究極的には、何事も、楽しくないと続かない。大変なことも、突き抜けたときに、見えてくる景色があるのです。私もこの景色に辿り着くのにはしばらく掛かりましたけれど。楽しんで、こだわっているからこそ、良い焼酎ができるのだと思います。」
球磨焼酎を取り巻く環境
蔵人としての1年と1日
焼酎づくりは冬の寒い時期に限られると聞きます。
「焼酎の主原料となる米が収穫された後ですから、必然的に秋から春にかけて、とくに11月から3~4月が、生産のピーク。それ以外のシーズンは営業活動に従事しているというのが、1年のサイクルです。」
「営業活動と言いましても、酒屋さんや代理店さんと連携を取りながら、実際は蔵に構えて受注処理、瓶詰め、出荷作業をしているような感じです。」
ピークシーズンの1日は?
「工程に『定時』といった考え方はまったくなく、変則的です。おおよそ、1日は洗米からスタートし、洗った米を蒸して……と、一見するとルーティンワークのように思えますが、さまざまな工程を入り組み込ませながら進めることがほとんどですし、一連の作業が終わった後も、仕込みの状況を逐一チェックをすることも珍しくありませんし、場合によっては夜通しで作業をすることもあります。米との対話がうちの基本ですから。24時間営業です。」
「焼酎づくりは、突き詰めれば答えのない世界……。『これでOK』といった明確な線がないので、常に気持ちは張り詰めている状態と言えるのかもしれません。でも、想像されるほど、とくに私はストイックな生活をしているわけでもありませんよ。飲み会があれば、ちゃんと参加していますし(笑)。でも、飲み会でも、焼酎の飲み方は一風違うでしょうね。口をつける前に、香りをじっくり堪能し、一口含んで舌で転がしてみて、という……」
世界ブランドを地域で世界へ
球磨地方には28もの蔵元があります。
「もちろん、ライバルであり、切磋琢磨をする間柄ではありますが、球磨焼酎酒造組合の中では、共同事業や情報共有を盛んにやりとりしています。うちも含めて、どこの蔵元も、自分たちの商品には自信を持っていますから(笑)、隣りの動きは気にはなるものの、良い刺激をもらい合っている感覚です。」
地域の仲間と、世界ブランドを支えていく。
「ウイスキーのスコッチやワインのボルドーなどのように、“国内産の米のみを原料とし、人吉・球磨の地下水で仕込んだもろみを、人吉・球磨で蒸留した焼酎”が、球磨焼酎。WTO(世界貿易機関)にも認められた列記とした世界ブランドです。」
「幽玄な山々に囲まれた盆地で、日本三大急流である球磨川が流れる地域で、良質な米を贅沢に使った球磨焼酎が生まれ、約500年とも言われています。スケールの大きい、日本が誇る一大事業だと思っていますから、狭い地域内でギスギスするよりも、互いに高め合い、世界に目を向けていく同志です。」
今年以降、インバウンドも期待できる!
「那須酒造場の歴史も100年を超えました。親族だけの小規模経営なうえに、その親族はみんな社交的でなく、職人気質の頑固者……。でも、頑固だからこそ、昔からの伝統を守り続けることができるのですが、逆に頑固過ぎると、進化を求めることに疎くなってしまいがち。基本は忘れず、さらに広い視野で、良いものは採り入れていかなくてはなりません。」
「とくに今年の熊本は、秋口に国際的なスポーツ大会がありますし、全国的には来年は東京オリンピックもあり、世界の目がこちらに向く、一世一代のときです。地域やお客様とともに連携をして、球磨焼酎の名前を国内にも、世界にも、もっと広めていければと思います。……国内でもまだ、“球磨”が読めない方もいらっしゃるかもしれませんしね。」
「楽しくないと続かない。突き抜けたときに、見えてくる景色がある」
酒づくり職人と聞くと……ストイックで、生真面目……との、
勝手な先入観がありました。
いえいえ、那須さん、柔軟で、とってもマイルド。
ただ、「変えない」信念は熱く、そして、
「変えていくことも厭わない」と、
進化も求める勇ましい野心も持っているわ。
神経を研ぎ澄ます焼酎づくりの生活だからこそ、
肩の力の抜き方も、自ず上手なのかしら???
球磨焼酎の楽しみ方。
「味わう」はもちろん、国内、世界に対し、
じわじわとファンが拡がっていく様子を見守り、
応援していくことも楽しんでいけそうだわ。
那須 雄介さん
有限会社那須酒造場/専務取締役
1979年1月・熊本県球磨郡出身